建築基準法問題顛末記⑦ 環境にやさしい?溶剤

建築基準法問題顛末記⑦ 環境にやさしい?溶剤

 

代わりの溶剤

 2009年に起こったクリーニングの建築基準法問題に関しては、建築基準法で違反に当たる商業地、住宅地で引火性の溶剤を使用していることが問題だった。そうなると、石油系溶剤を、燃えない溶剤に変更すれば、これまで通り通常の営業が可能になる。

 そこで注目されたのが、クリーニング業界で「ソルカンドライ」と呼ばれていたフッ素系溶剤である。フッ素系溶剤は1980年代から業界に登場していたが、当初は夢の溶剤などと呼ばれ、業界で広く使用されていたものの、オゾン層を破壊するという大きな欠点があり、あっという間に姿を消した。しかしこのソルカンドライはオゾン層に影響がない溶剤だった。以前からあったのだが、値段が高いということでマイナーな存在だった。しかし、石油系溶剤が使用できないならこれに頼るしかない。今まで違法操業を続けていた業者達は一斉にこれを買い求めた。ドライクリーニングについては、溶剤だけ変更すればいいというものではなく、洗濯機も変更となった。

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 ソルカンドライ専用の洗濯機

環境に優しい?

 特に、最初に建築基準法違反で大々的に新聞に摘発された業者などは、名誉挽回とばかり派手にこの溶剤を宣伝した。「環境に優しい」と宣伝し、まるで最初からこの溶剤を使う予定だったような感じで強くアピールし、ポスターなども作った。

 さらに、これに資材業者も便乗した。ここが商機とばかり、クリーニング展示会ではやはり環境に優しいをアピールした。建築基準法違反の業者達にはこれが救いの神であったのかも知れない。

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ソルカンドライを環境に優しいと宣伝するメーカー

正体は温室効果ガス

 しかし、クリーニング業者が「ソルカンドライ」と呼ぶその用材は、HFC365mfcという温室効果ガスだった。それを知った私は世界的な環境保護団体であるWWFを訪ね、この物質がクリーニング業界に急速に普及していることを伝えた。すると、この問題は広く伝わり、複数の環境保護団体がこの問題に関する警鐘を鳴らし、国会でも日本共産党、市田議員(当時)がこの問題を取り上げた。クリーニング業界の新溶剤は、一般社会から全く歓迎されなかったのである。

 それでも、クリーニング業界では世間の情勢を全く受け入れないかのようにこの溶剤を使用し続けた。せいぜい、「環境に優しい」という宣伝をしなくなった程度だった。

 この頃、私はクリーニング業界紙編集長に環境団体の宣言文を提示し、「なぜこれを報道しないのか」と聞いた。するとその編集長は興奮して、「こんなものが信用できるか。信憑性のないものなど報道できない」などと返してきた。世界的な環境保護団体、WWFが信用できず、眉唾だらけのクリーニング業界を信用するとは、さすが大手業者をタニマチに持つ編集長だった。

 しかし、さすがにクリーニング業者は以降、「環境にやさしい」という宣伝はしなくなった。こういうことはこっそりとやるのがクリーニングの流儀らしい。

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環境団体が連名で提出した声明文

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国会で温室効果ガスを環境に優しいと宣伝するクリーニング業者を批判する共産党市田議員(当時)

フロン対策シンポジウム写真

環境団体のシンポジウムでクリーニング業界のソルカンドライ使用実態について説明する私

2023年に生産中止

 しかしクリーニング業界にどのような事情があろうとも、地球温暖化など環境の変化によって大きな被害を受ける社会がこんなものを許すはずもない。ソルカンドライは2023年、製造中止が発表された。クリーニング業界は大きな衝撃を受けた。

 クリーニング業界に関連する一部の資材・機械業者においては、この溶剤の温室効果に問題を感じ、温室効果指数の低い溶剤を開発し、高級ホテルなどではそのような溶剤が使用されている。しかしクリーニング業者たちはそれについて「高いから」とだけの判断で、相変わらずそこかのルートから溶剤を調達し、温室効果ガスをまき散らしながら稼働を続けている。

 現在、ソルカンドライは生産中止されたはずだが、多くの業者はそのまま使用している。どこからか、裏のルートで手に入れているのかも知れない。

 

結局「バカ」

 ソルカンドライは油脂溶解力を示すKB値の値が低く、それゆえに洗浄力がかなり弱く、こんな者で洗っても大してキレイにならない。石油系溶剤の不正使用がバレたから使用されたに過ぎないものである。

 温室効果ガスを環境にやさしいと宣伝したクリーニング業界はずる賢かったのだろうか、いや、これは単にバカだったからである。新しく登場した溶剤を、なんの疑いもなくありがたがって使用を始めるなどというのは、やっぱり何も考えていなかったからに他ならない。

 その上で、環境に悪いと知られたら急に宣伝しなくなる。その辺はクリーニング屋らしい発想である。

 ちなみに、クリーニング業者たちが「ソルカンドライ」と呼ぶHFC365mfcを、環境団体WWFを訪ねて説明し、これはまずいと言ったのは私である。他にはそんな運動をした人はいなかったはずだ。一人でも十分戦える。