クリーニング業界のモラルを問う (最初の客だと知らせるタック)
4月の常務理事会の席で、建築基準法問題を討議しているとき、会合の終盤、出席者の一人から、「クリーニング業界はあまりにもモラルがなさ過ぎる。」とため息混じりの発言があった。こんな問題が起こるのは、クリーニング業者の中に、あまりに見識が低く、良識に欠ける人物がいるからである、という主張である。
確かに、この業界で起こる諸問題は、一部業者のモラルのなさに起因する部分が多い。今回はそういう問題の一つを取り上げてみたい。
私たちクリーニング業者は、よほどの零細業者でない限り、どこでも「タック」というものを使用している。タックの登場は、クリーニング業界に福音をもたらした。これにより、どこの誰から預かったのかが瞬時にわかるようになり、大量生産が可能になったからである。特に、集中工場で多くの店舗を持つ会社などは、これによってどこの店舗か、誰の品かを判別するのであり、これなしには稼働できないだろう。
こういうタックには、店舗や客を知らせるものの他に、「補助タック」と呼ばれるタックがある。補助タックは、納期(急ぎなど)を知らせるもの、撥水や折り目加工など加工を知らせるもの、シミの箇所などを知らせるものなど様々であり、メインのタックを助ける役割を持つ。店舗から工場への情報伝達という重要な役割があり、コミュニケーションの上で欠かせないアイテムとなって いる。
この様な補助タックの中に、「御新規様」と書かれたものがある。新しく来店された客を知らせるものであるらしい。「私たちのお店へようこそ!」などと書かれていて、一面ユニークなアイディアである様に思える。これはどこかの業者のオリジナルとして存在しているのではなく、資材業者が当たり前のように既製品として販売している。
クリーニング店にとって、売り上げを伸ばす一番の方法は、新客を獲得することである。だから我々はいろいろな方法で新しいお客様を得ようとする。「ようこそ!」と書かれたこの様なタックは、最初の客に良い印象を持たれる様で、歓迎の意を示す、いい方法なのかも知れない。
しかしながらよく考えてみれば、店舗から工場への連絡に関し、預かり品が新客のものであることを告げる必要性があるのだろうか?品物はすべからくクリーニングしてきれいにするのが私たちの仕事であり、新しい客の品に、何か別の特徴があるということはない。工場の作業員にとって、その品が新客のものかどうかというのは、何ら作業に関係がないだろう。
その様に考えていたら、ある業者から「これは新しい客のものを工場に伝え、それだけ特別に扱うように指示するためのタック」であることを聞かされた。新しいお客様に好印象を持たれるため、特別に手をかけて仕上げるということなのだそうである。
こういうことを良いアイディアであると考える人がいるとしたら、それは全くおかしい。最初の客に良い印象を持たれたいというのはわかるが、実際には、引き続き利用していただく「常連客」の方が、我々の生活を支える重要な顧客ではないか。そういう方を無視して、新しい客だけを獲得するためにこういうものが存在するのなら、根本的に矛盾した行為である。
この様な手法は、特に安売り業者の間で行われているという。最初の客をきちんとやっておけば、「ああ、ここは上手なクリーニング店だな」と客が納得し、次から利用してくれるのだという。これを逆に言えば、「最初さえちゃんとやっておけば、客は惰性で付いてくるから、他は手を抜け」となる。「最初の客だけ丁寧にやって、後はテキトーに」というのなら、立派な手抜きであり、モ ラルに反した行為である。
あちこちの業者に聞いたところ、この「最初の客タック」は、かなり多くの業者が使用している。この様な行為が業界全体に蔓延しているのである。
もし、「いや、私たちの店に来てくれる最初の客はとても大切だ。客を大切にするためにやっているのだ」などと反論する業者がいるとしたら、それは大間違いである。こんなことを、長年利用している顧客が聞いたら、どう思うだろうか。「そういう考えなら、もう、あの店は利用しない!」と憤慨する方が多数発生してしまうに違いない。顧客には真の理由を伝えることができない、「闇 のノウハウ」であることに間違いはない。
これに関しては、やはり顧客の側にも勘の鋭い方がいて、「こんなタックを付けるというのは、最初の客だけ特別扱いするのだろう」と気が付く場合もあるらしい。そうすると、クリーニング業者の方も悪知恵を働かせ、客に渡す前にそのタックを外してしまうとか、「新客」という表現を使わず、他の方法(単なる色だけのタックとか)で工場に伝えるところもあるらしい。ここまでくると 悪質である。
特定の顧客だけ大切にするという反則技は、当業界に限られたことではない。例えば旅館業界では、我々のように顧客と直接接する職業ではなく、旅行代理店から紹介された顧客が多く存在する。この様なシステム下では、旅行代理店の人々を大切にすれば、そこで好印象を持たれ、多くの顧客を紹介してくれるだろう・・・となる。この様なことから、旅行代理店の団体を呼ぶときには、そ の部屋の帯の色を他の部屋とは分け、料理、サービスなど特別扱いするのだそうだ。クリーニングと同じような話だが、やはりこの業界でも真面目な旅館におい て、この様な行為をする業者は快く思われていない。
クリーニング業界は、おそらくは特殊な業界であると思う。この業界では当たり前だと思われることが、世間一般では異常なことである場合がある。建築基準法違反問題はその典型である。
他にも、この様な問題は存在する。デラックス加工の不織布包装剤に有名ブランドマークを羅列したものは現在でも展示会で販売されているし、以前にここで報じた「ハッタリ価格(安い価格を看板で謳って、店舗の中でそれは一部だけという表示を見せる手法)」にしてもいまだに行われている。日本折り目加工協議会の会合席上で、ある理事が「近隣の業者が、リントラクのロゴが印刷されたタックを使用していたので、ぜひウチにも売って欲しい」と要望したら、「えっ、そんなものは製造していない。それはその業者が勝手に作ったタックだ」とその場でマークの無断使用がばれたなどという話もある。一般に誰かが不正や手抜きを行うと、周辺の業者もそれに習って同じことを始めるという傾向が強い。業界の悪玉菌が、伝染病のように蔓延してしまうのである。全協の理事がぼやいた「モラルがない」話は、いろいろなところから発見できる。
「最初の客だけ丁寧に」タックの様な行為は廃止すべきである。こういう行為が外の世界から発覚すれば、クリーニング業界はいい加減な奴らの集団とみなされ、ますますクリーニング離れが起きてしまうに違いない。今までのマスコミ報道には、その様なものばかりだったではないか。我々の顧客である一般社会の人々から悪い印象を持たれることのない様、これらの行為は業界を挙げて取り組むべきだと思うが、いかがだろうか?なぜ、悪い業者が儲かるのだろうか?なぜ、クリーニング業界は一般社会との結びつきが少ないのだろうか?真剣に考 えるべきである。
それにしても、不思議に思うのだが、全ク連はなぜこういう問題に取り組まないのだろうか?ここ10年くらいの間に急成長した大手業者の中には、ここに挙げられたような不正、手抜きを行っている業者が少なからずいる。そういう行為を明らかにすることによって、業界から手抜きを締め出せば、クリーニング業界の浄化になり、ひいては全国の組合員を助けることにつながると思うのだ が・・・。