クリーニングの労務問題
(あなたの会社は大丈夫なのか?)
会員のトラブル
今年の初め頃、全協会員の業者の方から驚くべき話を聞いた。
あるときこの方のクリーニング工場で、一人の女性パートタイマーを採用した。この方は工場の中で、まずワイシャツのプレス作業を指導されたという。使用している機種は、私たちクリーニング業者なら誰でも知っている代表的なものである。
この人が初めて作業を始めた一時間後、問題は起こった。機械に手を挟めてしまったのである。すぐに応急措置がされ、パートさんは病院に搬送された。この人物はこれで会社を辞めた。治療費などは勿論会社が負担した。今までこの機械で手を挟めた人などいなかったから、運動神経の鈍い、クリーニング作業には不適格な人、という様な評価しか成されなかったと思う。
この約半年後、何とこの女性は会社を相手取って訴訟を起こした。手を怪我してから家事や仕事に支障が出たので、その損害を賠償しろというのだ。怪我をしたのは、会社が適切な安全対策を取らなかった責任があると主張してきたのである。請求額は何と1千万円を超えていた。これは調停で争われ、結局会社は150万くらい負担を背負わされることになった。
作業現場からは、「あの機械で手を挟んだ人など過去にいない。あれは故意ではないのか」という声も上がった。入社一時間で、過去に例のない怪我をするなど考えられないというわけである。しかし、労働問題は会社に著しく不利な場合が多い。世の中は何でも会社を悪者にする。確実な証拠が見つけられない限り、相手を告発することは困難である。
労働問題に無警戒なクリーニング業界
考えてみると、クリーニング業界で労働問題が話し合われたことは非常に少ない。常に人手不足のことは話題になるが、自社の労働状況や、労働環境が話し合われたことは希有でないだろうか?実際の会社運営において、労働問題は大変重要な位置と思えるのだが、これは全く不思議な話であるのかも知れない。
労働問題が話題にならない大きな原因として、この業界にはありがちな話だが、管轄官庁の大きな誤解があるように感じられる。クリーニングの行政管轄はご存じの通り厚生労働省だが、クリーニング業界は役所にとって「問屋制家内工業」の業種とみなされている。この業界の人は、たいていが個人業者であり、従業員といっても、家族か親族のサービス的な手伝いによって支えられている、と思われている可能性がある。実際には、当業界には1000人を超えるような従業員を抱えている会社も存在する。これだけの業界が、労務環境をほとんど指摘されていないという方がおかしい。
特に、大型スーパーやショッピングセンターへ出店するようななった近年、クリーニング業の労働環境も大きく変化している。店舗は365日稼働、工場も日、祭日も稼働しているのが当たり前となった。工場は交代制となって作業が行われ、シフトによって従業員が代わる代わる作業をしている。熱源のボイラーや、数々の配線、そして石油系溶剤が使用されていることで、しっかりとした安全対策が要求される職場である。店舗は小売店側の要請により、深夜営業も当たり前となっている。店員が暴漢に襲われるような場合においても、会社側に責任が問われることになる。労働問題を真剣に討議しなければならない題材がどんどん増えているのに、我が業界は不思議なことにそこから避けるようにしている。これは何とも不思議であり、危険な兆候でもあるといえる。
当ニュークリーナーズでは毎月、若山先生クリーニングの労務管理」というコーナーを担当してもらい、労務管理について新鮮な情報をいただいているが、これにしても時折先生にお願いし、「もう少し易しい問題にして下さい」と頼んでいる。私たちの業界では労務管理が大変稚拙であり、それに合わせて欲しいとお願いしているのである。
心配な業界内での労働「常識」
ここでは具体的に、クリーニング業で問題の起こりやすいポイントを上げてみたい。
残業―――クリーニング業は入荷が安定せず、バラツキが激しい。それを期間内に仕上げなければならない過酷な作業であるともいえる。当然、残業が伴うが、それが適切に支払われているかどうかは疑問である。
残業代に関しては、いろいろな話が聞かれる。ウチは残業代100円だ、などと社内で吹聴されている会社があったり、タイムレコーダーをいったん押した後で働かせる会社があったり、店舗では最後の一時間に顧客が25点以上持ち込まないと残業とみなさない、などの「社内ルール」を作るところもあるという。法律に照らし合わせ、合法かどうかを確認する必要があると思うし、こういうときこそ労務士にお願いするのもいいと思う。
ノルマ―――従業員にノルマを課す会社もあると聞く。年間二回、社内キャンペーンを開き、クリーニングを5000円分とか1万円分持ってこさせるというものである。それだけなら良いが、会社で使用している洗剤を従業員にノルマとして買わせているのだという。
事例として適切かどうかは別として、飲食店の中で代表的な飲食店は、過剰なノルマとペナルティーによって今年遂に労働組合が誕生している。窮鼠猫を噛むといった印象だが、決して人ごとではない話ではないかと思われる。
都会は外人だらけ―――先日、大田区で火災があったが、被害者は外国人だった。おそらくは作業場の安全対策の不備とともに、外国人問題も問われているだろう。
実際、都心のクリーニング工場には外国人がやたらと目立つようになった。これは雇用問題としてはかなり危険であり、言葉が通じないことによるコミュニケーション不足も問題となるし、まして不法就労となったら大変である。この問題も、真剣に考えなければいけないと思う。
早めに対策を
1982年、大手商社の日商岩井がクリーニング業界に参入してきたことがある。一世代前の話だが、クリーニング業界に大手が登場してきたことにより、業界は騒然となった。巨大な資本力を持った商社が、たいした大手もいないこの業界に参入されたら、我々はひとたまりもないだろうということで、業界に不安が広がった。しかしこれは程なくして彼らの撤退により、問題が終焉した。 クリーニング需要の激しい変化に対し、従業員が対応できないというのがその理由だった。
この時は大手を回避できたことで業界に安堵の声が広がったが、これを逆に返せば、クリーニング業界で働く人々は、一般的な労働法にはまるで当てはまらない、過酷な状況を強いられていることになる。大手が去って良かったなどと、決して安心していられる場合ではないのだ。
以前、全協常務理事会で、「労働基準法に完璧に準拠した労働環境を維持するためには、点単価700円を達成しなければならない」と発言された人がいた。当業界は価格競争が盛んで、それを実現するのはかなり困難といわざるを得ないが、少なくとも人手不足を嘆く前に、こういった問題を解決しなければならないことは間違いがないだろう。まずは職場環境から考え直し、リスクを減らしていくことが重要だと思われる。
クリーニングの労務問題は、やはり建築基準法問題と似ているといわざるを得ない。行政がズサンで、業界に管理が十分に及ばないことで、「どうせばれないなら・・・」と一部業者が法を破る行為に走る、テナントなど市場の変化もそれに拍車をかける、価格競争もあり、改善したくてもできないという構図は、そのまま当てはまるのではないか?どこかで大きな事故があり、全国一斉に取り締まりが厳しくなるとか、どこかで従業員が立ち上がり、それがネットを通じて全国に広まっていく様な最悪のシナリオを回避するためにも、ぜひこの労務問題を扱って欲しいものである。
(クリーニングの労働環境には、まだ手つかずの部分が多い)