新型クレーマーが続々
最近のクレーム事情
一頃、クリーニング業界のクレームについてセミナーなどを行い、その対策を練った時代があった。当時は大変な感心を集め、全協会員ばかりか多くの部外業者(とりわけ安売り業者)が出席し、ひどいときは断ったのに会場入りして強引に参加した化け物みたいなオバサンまでいた(これもクレーマーだ)。当時はそれだけ深刻な問題だったのだろう。その後、そういった取り組みを業界紙 が冊子にして販売したので、幾分クレームに対する対応は以前より解決しやすくなっていると思う。
ただ、クレーマーというものは新たな手段を考えてくるし、時代と共にそのあり方も変化する。そういう事情をふまえ、最近の事例を紹介してみたい。
あるクリーニング店に60歳くらいの女性が自分のスーツを出した。ところが、洗ってみたら全体に筋のようなものが表れた。ポリウレタン入りの品だったのだ。クリーニング店はメーカーに確認したが、この製品は10年以上前の品なので、賠償はできないとのこと。その旨客にお話ししたのだが、「おかしくなるなら、最初になぜそういわなかったの?説明責任があるはずよ」と賠償を要求した。「説明責任」をタテに弁償を迫ってきたのである。
この件は法理相談でも回答してもらったとおり、使用年数まで顧客に説明するほど説明責任は厳格ではない。経時劣化であればその旨顧客に説明する以外にはないし、そこまでの責任も義務もないことを何度も言ったが、この女性は度々店を訪れ、「説明責任を果たさなかったのだから弁償して」と迫ってくる。とんだクレームおばさんである。
会員から相談を受けた会社では、年に2,3回程度の比率でやって来る非常に利用頻度の低い客が入るが、ほとんど利用がないのに仕上がりにいちいち苦情を言い、まともに引き取ってもらった試しがないという(こういうのは、ある程度の会社なら誰でも経験があることだろう)。あまりにひどいので、店員が「お客様の品物はもう預かれません」と受取を断ったところ、その亭主が店舗にやってきて、「クリーニングのように公共性のある商売では、顧客を断ることはできないはずだ」と、この業者の引き取り拒否が違法であると言った。ガタガタ文句ばかり言っているくせに、どうしても品物を受けさせたいというのだから始末が悪い。
しかしこれは正解ではない。確かにクリーニングは公共性のあるビジネスだが、店舗は他にも山ほどあるからである。他に出せば良いだけの話で、この業者が受ける理由はないのだ。これも「説明責任おばさん」同様、どこから聞いたのかわからないが、生半可な知識でクリーニング店を責めるクレーマーの新種である。
また最近、預かったズボンが自分のと違う、というクレームがあった。 顧客は八十過ぎのおじいさん。この人は足が悪く、杖を突いて来店するので、店員が気を利かせ、車まで品を取りに行っていたのだが、そのうち店舗前でクラクションを鳴らし、取りに来るよう催促するようになった。挙げ句の果てには店舗にある椅子に座って2時間以上居座り、延々と世間話をしていくようになってし まった。どうもクリーニングの取引というよりは介護とかカウンセリングという感じだが、ずっと続いたので店員もうとましく感じ、店舗に寄せ付けないようにしたところ、今度はクレームを付けてきたという。勿論、クリーニング店側に間違った形跡はない。
この人は独居老人で、家族とも別居中。杖を振り回したりして暴れるの で、家族も離れていったのだろう。社会から見放された孤独な人生の末路という印象だが、それをクリーニング店が面倒をみさせられてはたまらない。この人は最後に会社まで来て事務所に居座り、クレームを付けるどころか延々と思い出話、世間話をしていき、最後は警察に引き取られて帰った。とんだ「孤独老人クレーマー」だった。人生の最後の当たりで、こんな場面があるとは・・・。こちらまで空しくなるような話だが、相手をさせられるクリーニング店こそウンザリ だ。
こういったクレームに多くいえるのは、相手がたいてい中年か、それ以上の高齢者であることだ。今までクレームといえば、何も知らない若 造が大口を叩いたり、粋がったチンピラみたいな連中の金欲しさというのが相場だった。しかし最近はそうでもないらしい。分別のある高齢者が、私たちの店にクレームを付けるようになったのである。
実は、こういった傾向は私たちクリーニング業者だけの問題ではない。他のあらゆる商売も、新種のクレーマーにさらされているらしい。
「再び叛逆する団塊」(鈴木康央著・駒草出版)では、昭和40年代にマルクス主義を掲げて闘った全共闘世代が60歳を迎えて引退するのを機会に、クレーマーとなって民間社会の障壁となることを警告している。クレーム処理の名著ともいえる「プロ法律家のクレーマー対応術」(横山雅文著・PHP新書)でも、「定年退職した団塊の世代が暇を持て余して、その知識と経験を生かして厄介なクレーマーになり、大量のクレーマーが発生する」と述べている。こういった事態は、ある程度予想されていたのだ。「再び叛逆……」では、「過激な団塊が育てたジュニアはそっくりさん」とし、団塊の世代が育てた子供達もクレーマーとなるとしている。その世代は現在の年齢が30代後半から40代始めくらいまで……。確かにいわれてみれば、その世代のクレーマーが多い気がする。これでは、いつまでたっても理不尽なクレームはなくならない。
実例として挙げた三つのうち、最後の「老人クレーマー」に関しては団塊の世代には属さないが、医療技術が進歩して体だけは元気な方々は、クレーマーというよりも話し相手を求めてクリーニング店に通うようになる。近年、高齢者の万引きが急増しているが、これも同じ理由である。年寄りだからといって、甘く見てはいけない。認知症の方々は、社会的弱者として労(いたわ)らなければならないが、クリーニング店にとっては理屈の通用しないクレーマーとなってしまうのだ。
ともあれ、クリーニング業者にとって、クレームは付きもの。情報を共有して迅速な解決を考えていきたい。
団塊世代が厄介なクレーマーになると警告する二つの本