焼肉食中毒問題とクリーニング

焼肉店食中毒問題とクリーニング

 大震災以降、一般のニュースがおざなりになっている感があるが、焼肉チェーン店で起こった食中毒事件が大きな 話題となった。金沢市を発祥とし、全国展開を目指した企業が、食中毒により崩壊間近の状態にある。急成長企業のどこに問題があったのだろうか?ここには、 クリーニング業界にも関連する恐ろしい罠が隠されている様にも感じられる。焼肉中毒問題は明日のクリーニング問題ともいえるのだ。

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事件の真相

 「焼肉酒屋えびす」を展開する株式会社フーズ・フォーラスはもともと、平成9年、勘坂社長が家族経営の焼肉店を富山県高岡市に開店させたところから始まる。翌10年には法人化、12年に株式会社へ昇格、そこからトントン拍子に業績が向上、本拠地である北陸地域に15店舗、進出を図った神奈川には4店舗を展開する。2020年までには全国進出を果たし、全国に300店舗をオープンさせる野望を抱いていた。なんとなく、クリーニングでもどこかで聞いたような話である。

 この店の売り物は、業界でもトップクラスの安さ。豚トロ、豚バラ、若 鶏などが105円、そして一番人気は激安の和牛ユッケ。一般には1000円ほどのユッケを、ここでは280円で販売、「二人に一人は注文をいただく商品」 というほど人気メニューだった。それでいて、店員の教育レベルは上質、接客サービスの良さを、テレビで取り上げられたほど。勘坂社長は積極的な展開により、青年実業家として日の出の勢いにあった。

 成功まっしぐらの状況が暗転したのは今年4月、複数の店舗で食中毒が発生、ユッケを食べた顧客48人が症状を訴えた。患者からは病原性大腸菌O111が検出され、現在までに4人の死者が出る(5月12日現在)痛ましい事件に発展した。

 極端な上昇志向で、マニュアルが徹底されず、油断があったのだろう。顔面蒼白で土下座する社長の様は、それまでが非常に順調だっただけに、気の毒にも思える気がした。

 

地方の特質

 最初は自分が焼き肉を提供し、両親に店を手伝わせてスタートしたこの会社は、勘坂社長の熱心な営業によって発展を続けた。積極的なチェーン店展開を進めるノウハウを教えたのは、こういう飲食業専門のコンサルタント。コンサルが指導したのは激安メニューのノウハウである。メニューの種類を絞って単価を下げる方法は、このコンサル会社が指導するかなりの会社で行われる手法とい う。

 勘坂社長は会社発展のため、かなりコンサルに依存した様である。コンサル直伝のマニュアル化により、多店舗展開も順調、今日の発展に至った。どこかのノウハウで発展したというのは、クリーニング業界にもよくある話だ。

 また日本海側という「地域性」も、企業発展の後押しとなった様だ。大都市の並ぶ太平洋岸と比べ、日本海側は100万都市が金沢市くらい。目立った産業の希薄な地域では、急成長業者はひときわ注目を集め、周囲がそれを支援する。この会社も株式会社化を機に金沢市に本社を移転、このあたりは成長企業の常道を進んでいる。

 そして、その支援の中心はほかならぬ銀行である。バブル崩壊後、成長産業は大幅に減少、銀行は貸したくても貸す会社がない。地方の銀行、地銀においてはなおさらだ。その地域でちょっとでも注目される会社なら、後先も考えず、喜んで投資する。多少の問題には目をつぶろう……。こういう傾向は、ここ十年くらいの間に特に顕著である。急成長企業は売上はどんどん上がるが資本、元本は少ない。従ってこの焼肉店に代表される企業はますます銀行から借りて展開を続け、会社は肥大するが自転車操業状態となる。金利はそう低くないし、返済金は増える一方で、銀行としては最良の顧客というわけだ。

 以外と思えるだろうが、地方には人材も豊富。都心では人手不足に悩む企業が多いが、地方では働く先がない。一時流行した外国人研修生も、ほとんど見られない。そう考えると、日本海側には思い切ったベンチャー企業が育成される土壌があるのかもしれない。

 ただ、この様な会社は常に銀行の顔色をうかがい、成長を続けなければならない。ストップした時点で危機を迎えるのも事実。銀行との蜜月は諸刃の刃でもある。

 

激安の構造

 どのような商売でも、価格の安い商品は魅力であり、それまでの半額とか三分の一などで販売される食品、製品なら、客が集まって当然である。最近ではそこに接客の良さも条件になっているが、この辺はコンサルタントが教えてくれるだろう。

 しかし、価格を半額以下にして成り立つというのは、よほど優れたノウハウがない限り不可能である。激安を実現する背景には、どのようなことがあるのだろうか?

 全国に展開する回転寿司店では、高級食材をそれとよく似た別物で補っ ている。それでも本物とほとんど変わらないし、衛生上の問題は現時点で発生していない。安いステーキ店も、決して上質でない肉をおいしいソースとかサラダバーとかで補っている。この経営努力は合法だし、評価できるだろう。

 しかし、落とし穴は意外なところにある。私たちクリーニング業者が東 北関東大震災でダメージとなったのは、自社工場の被災より取引先小売店の被害であった。スーパーのテナントなどに出店するクリーニング店は多いが、多くは天井が落ちる、壁が壊れるなどかなりの打撃を受けた。現在でも再開できない小売店がまだまだ存在する。スーパーって、こんなに安普請だったのかと驚いた。 おそらく建築業者に価格を競争させ、納期を急がせたのだろう。目先の利益に走るあまり、突発的な地震には全く耐えられなかった。このように、各産業は「ガラスの城」であり、些細なことがきっかけとなって正体が暴露される業種、業者もいるだろう。

 今回の焼き肉チェーン店は、利益を優先して安全管理を怠った。それは決して犯してはならない領域だ。これだけの店舗で同時に食中毒が発生したとなると、現場の不注意では済まされない。田舎で周りからおだてられ、有頂天になり急成長した業者には、かなりの奢りもあったのだろう。

 しかし一方、これは肉を卸していた業者の責任という意見もある。焼肉 店の若い社長は土下座して謝っているのに、精肉卸業者はさっぱり登場しない。これも不思議な話だ。片方は社長が記者会見を開き、もう片方の社長は雲隠 れ……というのは、これもどこかで聞いたような話でもある。ともあれ、その卸業者を選んだのは店側、責任は免れない。

 飲食店は一歩間違えば顧客を死に至らしめる事故が発生する。飲食店において、顧客が亡くなるような事故が起これば、一般的に企業としての寿命はそこで終わるだろう。そう考えると、私たちクリーニング業者はそういう危険因子がなく、ほっとさせられる。

 

クリーニングはどうなのか?

 振り返って、我がクリーニング業界はどうなのだろうか?「激安」という点でいえば、もう十分に「激安」であるといえるだろう。ほかの産業には突然安売り店が現れるが、当業界では40年以上ずっと慢性的に価格競争を行い、現在に至っている。

 クリーニング店が低価格を実現できるのは、優秀な機材が登場し、大量生産が可能になったから。それまでは限られたお金持ちだけが顧客だったが、多くの人々に安価で提供できるようになった。「日本のクリーニング業界はいち早く大衆化に成功した」と言われる所以である。たくさんの店舗を展開できる日本独自の取次店システムもそれを応援した。

 しかし、現在は集客の望める場所に直営店を展開する時代である。取次店の頃と比べ、家賃、人件費などで採算性はかなり悪い。この時代においても、価格は前のままか、ひどい場合には前よりもさらに下がっている。まともにやっていては、とても採算に合うはずはない。取次店運営から直営店への移行の中で、経営内容を悪くしている業者は数多い。それでは、どのようにしてクリーニング店は「激安」を実現しているのだろうか?

 それは、様々な手段における追加料金である。一見価格を安く見せ、特殊品項目をやたら多くしたり、いろいろな加工を編み出して客に勧め、加工料金をもらったり、今までは追加料金などなかったシミ抜きをことごとく有料にするという手法である。あまり表面化していないが、現実にはこっそりとこの「裏ノウハウ」により乗り切っているところが多いように思える。

 ただ、当ニュークリーナーズの法律相談などで知る限り、この追加料金にはかなり怪しいものも多い。法律で突っつかれたら、まずいことになるのではないか?食品のように、命の危険がないからといって、いつまでもあやふやな行為を繰り返していれば、いずれはあの焼肉店のように、繁栄の絶頂にありながら突然崩壊するということもあり得るだろう。

 急成長企業の突然の凋落は、私たちにも大きな教訓を与えたと思われる。思わぬ所に、落とし穴がある。私たちも注意しなければならない。