建築基準法問題顛末記④ 村井議員の顛末
村井議員の登場
クリーニング業界が建築基準法違反問題にもっとも揺れていた2010年2月、昨年から政権を握った民主党の若い議員が忽然と登場、国会の国土交通委員会で、「クリーニング屋さんがかわいそうだ」と発言した。この村井宗明という議員は、多くのクリーニング業者が違法操業している現状に関し、寛大な処置をと主張した。
おおよそ村井議員の主張は、クリーニング業界大手が建築基準法違反で摘発されたことにより、国土交通省は全クリーニング所を調査すると発表、このままでは街中の小さなクリーニング店も廃業に追い込まれてしまう。これは是正措置を、というものだった。クリーニング店を「かわいそうな個人店」の集団と定義し、行政を欺くあくどい手口などを無視し、ひたすら違法操業の業者を救済する旨の話だった。クリーニング市場は事実上、日本中どこでも大手業者の寡占状態であり、激しい競争の中から違法な手法に手を染める業者が登場したのだが、村井議員はそういった現実に触れず、クリーニング店がみんな個人店であるという生衛法史観に沿った主張を行った。
業界の不安を表現した業界紙記事
村井議員のねらい
村井議員はなぜ違法なクリーニング業者を救済しようとしたのか。まもなくその理由が判明した。村井議員の後援会長は、大手クリーニング会社の社長だったのだ。調べてみると、その会社も住宅地や商業地で複数の工場を稼働させていることがわかった。村井議員は自らに近しい業者の利益誘導を図り、動いているらしいことがわかった。
しかし、村井議員の登場を違反だらけのクリーニング業界は大歓迎で迎えた。まるで救世主が登場したような騒ぎだった。業界紙は村井議員どころか他の民主党議員の写真も載せ、業界が大きく変わっていくような大仰な記事を載せた。村井議員は自分の後援会長の会社ばかりでなく、全国の違法操業業者達から後押しされ、ヒーローのような扱いをされた。
これは、きちんと法律を守って操業している業者からすれば、あまりに腹立たしい話である。政治家によって、違法操業していた業者が得をするようなことがあってはならない。私は高校の後輩の国会議員に村井議員と接見できるよう頼み、それはすぐに了承された。
村井議員と会う
2010年4月14日、私は国会議事堂向かいの議員会館に出向き、村井議員と会った。ICレコーダーを三つも持ち込んだ。議員会館内のトイレでスイッチを入れた。
部屋を訪ねると、秘書が二人いた。ちょっと早く着いたので、最初は秘書の方と話をしたが、「先に違法操業で既に機械を取り替えるなど改善した業者から、改善しなくていいのなら改善にかかった費用を返してくれなどという連絡が入った」といった話題も出た。恥も外聞もない業者もいるもんだと思った。
やがて村井議員が現れ、話は始まった。いろいろ話をしたが、村井議員は、将来的には住宅地や商業地でも石油系溶剤の使用が合法になるようにしたいという。違法操業の業者を合法化するという方向性を持っていることがわかった。
私は持参した村井議員の後援会長の工場の写真と、それらの工場の用途地域を示した表を取り出してテーブルに置き、村井議員に見せた。そして、「どう考えてもこの会社は違法操業が疑わしい。あなたは、結局は講演者の会社を救おうとして動いているのではないのか」と迫った。村井議員は明らかに焦った顔を見せた。すかさず秘書が間に入り、「いや、先生はみんなのためにやっている」と弁解した。ここでいう「みんな」というのは違法業者ばかりではないか。結局この会談は物別れに終わったが、最後まで突っ込むことはできなかった。
相手が政治家であり、当時の私は政治家と論争するのは初めてだったので気後れし、十分な話ができなかった。話が終わり、外に出ると国会議事堂が夕日で赤く染まっていた。「もっと厳しく突っ込みたかった・・・」私は国会議事堂を見ながら、自分の力不足を悔いた。実際、喧嘩する位のことをいっても良かったのではと思えたが、そこまでできなかった。
マスコミの報道
しかし、国会議員が違法操業を行う業者を後援会長に持ち、それを手助けするようなことをしているのだから、かなりスキャンダラスではある。私はこの問題をマスコミに話し、それは週刊金曜日で記事化された。
この記事に対する業界の反応は非常に薄かった。そういうものがなかったみたいな対応をされた。とにかくクリーニング業界全体が違法操業容認の方向を向いていた。
会合で挨拶する村井議員
村井議員はクリーニング業界の会合には頻繁に顔を出し、挨拶していった。話題は大半が建築基準法。とことんこの人は違法操業を認めたいらしかった。会合に顔を出す場合、政治家はたいてい懇親会に来た。飲食はせず、挨拶するとすぐに帰っていった。私はわざと、ICレコーダーを手に持って独演する村井議員に近づき、「これでしっかり録音しているからな!」とばかりににらみつけると、議員は話を早く切り上げて帰って行ったように思えた。他の業者は、そんな様子をどちらに味方するわけでもなくおとなしく見ていただけだった。
村井議員の落選
その後、友人に別なマスコミを紹介してもらい、そこでも村井議員の問題を扱ってもらった。このすぐ後に選挙があり、村井議員は落選した。この時期は民主党の任期が凋落しており、その影響もあった。
そして驚いたことに、この後村井議員は政界から引退した。まだ若く、将来有望な議員だったのに、たった一回の落選でもう政界を諦めてしまったのである。これ以降、村井議員の姿を見かけることはなかった。それでも、クリーニングの違法操業を行政が是正しようという動きはなく、10年以上にわたって1万軒を超えるクリーニング所が規模の大小にかかわらず違法操業を継続している。
政治連盟の結成をねらったのか?
今考えれば、村井議員はクリーニングの建築基準法違反問題に関与し、違反している業者たちが事業を継続できるよう動いただけだったのだろうか?当時の業界紙には「政治連盟・建築基準法検討会議」なる見出しが見られる。
クリーニングの政治連盟といえば、全ク連が運営する全国クリーニング業政治連盟がある。政治家はほとんどこの政治連盟を通じてしかクリーニング業界との接点がないので、政治家とのつながりは全ク連しかなく、これによって、「クリーニングに大手は存在せず、従業員などいない業界」という誤った理解が現在でも延々と継続している。このことが業界の大きなマイナスになっているのも事実だ。
村井議員は、後援会長の大手業者を通じ、こういった問題は十分に知っていたと思える。そうなると、当時は自民党から民主党へ政権交代が成された直後であったこともあり、それまでの誤った政治連盟のあり方を、根本から変えようとしたのではないか?当時の業界紙には、小沢一郎氏を始め著名な政治家の写真が何度か載せられていた。もしそれが実現していたら、現在の業界は現状よりは多少ましな状況になっていたと思う。確かにこの頃、事業仕分けによってクリーニングの講習会が廃止と決定されている(後に密かに再開)。
しかし、民主党政権は失策の連続で長続きしなかったし、そもそも政治連盟結成の動機がクリーニング業界の不正がばれましたでは話にならない。これは不正な業者たちが描いたあり得ない夢だったことになる。村井議員も、今となっては本当に気の毒に思える。クリーニングなんかに関わらなかったら、現在も第一線で活躍する立派な議員として君臨していたのではないか。クリーニングのあくどさ、汚さが若手の有望議員を消し去ったように思え、なんとも心苦しい気持ちがする。
政治連盟の結成を臭わせる業界紙記事